広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ラ)15号 決定 1958年9月19日
抗告人 津山駅前天幕施設組合
主文
原決定を取り消す。
本件を岡山地方裁判所に差し戻す。
理由
本件即時抗告の理由は末尾添附の理由書のとおりである。
よつて案ずるに
もし抗告人の主張するところが真実であるならば、本件仮差押債務者日下鉄工所こと日下正一と同第三債務者たる抗告人との間の本件被差押債権は、本件仮差押決定が発せられた昭和三十三年七月二十八日の以前の同年六月三十日に既に消滅し、従つて仮差押決定は効力を生じないことになるから、抗告人はこの事由を主張して仮差押決定の取消を求め得るものと解するのが相当である。もつとも、抗告人は本件仮差押決定により右日下正一に弁済することが禁ぜられたに過ぎず(民訴第七五〇条第三項)、また、本件仮差押債権者株式会社佐藤商店の求めにより、本件被差押債権を認諾しない、従つて、支払をする意思がないことを陳べてはいるが、(記録二二丁、民訴第七四八条本文、第六〇九条)、それだからといつて抗告人に本件仮差押決定の取消を求める法律上の利益がないと解すべきではない。
そうだとすれば、抗告人は本件仮差押決定の取消を求めるのにどのような法定の手続によることとなるであろうか。抗告人は本件仮差押決定の当事者ではないから、民訴第七四四条第一項による異議、同第七四七条第一項による取消、同第四一〇条による通常抗告、同第四一五条第一項による即時抗告、の各種の不服を申し立てることができないことはいうまでもない。また、抗告人は被差押債権が右佐藤商店の債権ではなく抗告人の債権であることを主張するものでないから、民訴第五四九条第一項による第三者異議の訴を提起し得ないこともおのずから明らかである。このようにして、残る方法は民訴第五四四条第一項による異議であつて、まさに、抗告人はこの異議によつて、――そして、この異議によつてのみ――本件仮差押決定の取消を求めることができると解せざるを得ない。
原決定は、右異議は執行における債務者(受執行者の意味であろう)保護の規定であると説示し、あんに本件仮差押における第三者たる抗告人には異議権がないかの如く言い、かつ右異議は執行における手続上の瑕疵を理由としてのみ申し立て得るのであつて、抗告人主張のような実体上の理由に基いては申し立て得ないと説示した。しかし、仮差押決定に対し第三者が不服を申し立てる方法として右のように民訴第五四九条第一項の第三者異議の訴と同第五四四条第一項の異議とが認められることは同第七四八条本文により明瞭であつて、受執行者でない第三者も仮差押決定を争い得ることは疑がなく、この場合に、右第五四四条第一項の異議は執行における手続上の瑕疵を理由としてのみ申し立て得ると解することは、同条の文字の意味を偏重した誤解であると評せざるを得ない。すなわち、第三者は右第五四九条第一項に該当しない場合には、執行における手続上の瑕疵を理由としようか、実体上の理由に基こうが、等しく仮差押決定を取り消すに値する異議を申し立てることができると解するのを相当とする。原決定は抗告人の主張する異議は実体上の理由に基くから右第五四四条によつてはこれを主張し得ないというが、それならば民訴第何条によつて(右第五四九条第一項の場合を除き)これを主張し得るというのであろうか。それとも、仮差押決定における第三者は実体上の理由に基いては仮差押決定に対し不服を申し立て得ない(右第五四九条第一項の場合を除き)というのであろうか。もし、申し立て得ないというのであるならばこの結論は不当であることは多言を要しないところであろう。
なお、余論ではあるが、民訴第五四四条第一項の異議は実体上の理由に基いてもこれをなし得ることは、競売法による競売開始決定に対しては債務者は債務の不存在を主張し、その決定の取消を求めるため右第五四四条第一項による異議の申立をなし得ること(大審院昭和五年(ク)一二三九号同年一二、一七、決定、同大正二年(ク)一〇二号同年六、一三、決定、各参照)を参考にすべきである。
以上の次第で、抗告人は民訴第五四四条第一項の異議を申し立てて本件仮差押決定の取消を求め得るのである。原審はこの法条の解釈を誤り、抗告人の異議は不適法であるとしてこれを却下したが、それは不当であるから民訴第四一四条本文、第三八八条に従い原決定を取り消して本件を原審たる岡山地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋英明 高橋雄一 小川宜夫)
抗告の理由
一、抗告人は、債務者日下正一第三債務者抗告人との間には本件仮差押命令の発せられた当時は右当事者間に於ける請負契約は合意解除されており何等の債権債務関係は存在しない依つて株式会社佐藤商店に発せられた仮差押命令は之を取消す旨の裁判を求めるとの異議の申立を為したところ原裁判所は民事訴訟法第五四四条に謂う執行方法に関する異議は民事強制執行に於ける手続上の瑕疵に対してのみの債務者側保護の規定であつて実体上の理由に基いては之を許されないものであるとし債務者第三債務者間の債権不存在を理由とした第三債務者よりの異議の申立は失当でありとして却下された然して前記の通り債務者と第三債務者との間には本件差押当時は債権を生ずべき何等の原因のない場合であり斯る場合執行手続は不法であるとしそれを匡正する為異議申立が出来るものと思料す
二、譲渡することの出来ない債権に対し誤つて仮差押決定が為された場合不法な執行処分とみて民事訴訟法第五四四条により異議の申立が為し得るが債権の存在する原因のない場合に於いても同様異議の申立を為し得るものと考える
三、「執行債務者でない甲が第三者乙から預つて占有しておるものに対し強制執行を受けたる時は甲は執行方法に関する異議を申立得る」(東京高昭和二五年(ラ)第二一号同年三・一〇参照)
強制執行の場合と任意競売の場合とは異なるとは云え
「競売法による不動産競売手続に於いて縦令競落許可決定が確定した時といえどもその後基本たる抵当権債務が弁済により消滅したときは競落代金完納前に於ては債務者は右消滅を理由として競売手続開始決定に対し異議の申立を為し之が取消を求め得べきものなり」(大審昭和一二年(ク)第七三号同年一〇・五参照)
の如き民事訴訟法第五四四条についての解釈からすれば本件の如き場合に於いては民事訴訟法第五四四条により異議の申立を為し得るものと思料す
依つて原裁判所の決定は失当であるものと思料し茲に抗告に及ぶ次第である